恋のいたちごっこ

 薄暗い廊下を抜けて一歩踏み込み、部屋の電気をつけると、ほんのりとした間接照明に照らし出された壁はギラギラした色を照り返していた。
 紫、ピンク、ピンク、ピンク──目がチカチカする。色の洪水だ。
 部屋を彩るのは壁紙だけではない。ビロードのカーテン、ふかふかの絨毯、うっすら紫がかった照明、大きな丸い姿見。部屋の中央には彫刻の施された巨大な柱が四本あって、その真ん中にはいかにも回転しそうな円形の大きなベッドが自己主張をあらわに配置されている。天蓋がないのが不思議なくらいだ。
「うっわ、マジかよ……」
 そう言いながら、どこか声が弾むのを抑えられない。
 巌戸台の白川通りと言えば、ポートアイランドでも有名なラブホテル街だ。いまはシティホテルとして営業しているらしいが、まさか堂々と制服で入る日が来るとは思いもしなかった。
 しかも、れっきとした修学旅行で。
(ラブホってこんなんなのか……)
 俺がぽかんとして入り口に突っ立っていると、大塚はさっさとと部屋に入っていき、クローゼットや抽斗をあちこち開け始めた。
「おまえ、なにやってんの」
「や、ホテルって最初に備品とか確かめない? 非常口とか」
 ぶつぶつ言いながら、大塚はテーブルに置いてあるリモコンを押した。ちゃかちゃかとザッピングして、止めたチャンネルは天気予報だ。
(几帳面だなー)
 だけど、らしいと言えば、らしい。大塚は俺たち、ペルソナ使いをまとめる特別捜査隊のリーダーだ。
「んじゃ、リーダーを見習って俺も部屋の捜索でもすっかな」
 とはいえ、広さに対して大した部屋数ではない。扉という扉を片っ端から開けて発見したスリッパを突っかけて、次はトイレに行き当たったのでとりあえず入って用を足した。
(すげえ匂い)
 ひどく甘ったるい匂いが鼻をついた。安っぽい芳香剤の匂いだ。部屋はやりすぎなくらいゴージャスなのに、ジュネスの洗剤売り場で嗅ぐ匂いがする。妙な気分だ。
(女子はどうしてんだかなー)
 作りが作りだから一室に二人ひと組で、確か里中と天城が同室だったはずだ。
(部屋ン中がどう違うのかちょっと気になるけど、いきなり部屋開けたらぶっ飛ばされそうだしな……里中に。あ、そういや完二のやつはどーしてんだ?)
 ひょっとしたら林間学校のときみたいに、また飛び込んでくるかもしれない。それとも少しは周囲と馴染んだだろうか。
「明日、晴れるって」
 トイレから出ると大塚が言った。
「明日……ってなにすんだっけ、自由行動?」
「昼は月光館学園にも顔を出すんじゃなかったかな」
「へえ。にしてもあの学校、すげえきれいだな。八十神とは大違い」
「でも、八十稲羽にあんなのが建ったら似合わないよ」
「ま、そりゃそうだけどさ──おい、大塚。ここすげえ。風呂だぞ風呂!」
 ゴテゴテした装飾が施された扉を開くと、縦に部屋をぶち抜いた広さのバスルームがあった。これがまたバスタブも円形で、金属の足がついていて、やたら大きい。カランもこじゃれたアンティーク風の金。真っ白なタイル張り。おまけに壁にはなぜか丸いガラスがはめ込まれていて、中からベッドルームが丸見えだ。
「意味わっかんねー。見えてどうすんだよ。えーとシャンプーとリンスと……ん、なんだこれ?」
「お湯に入れると泡が出るんじゃないか?」
 肩越しに大塚が覗き込んで言う。派手な蛍光ピンクの小さな袋をじっと見ると、派手なロゴの隣にごくごく小さな字で「バブルバス」と書いてあった。
「なんだかなー……」
 どうも細部が安っぽい。
(ま、そんなもんか。しょせんラブホだし)
 別に高級ホテルだと思っていたわけではないけれど、ぱっと見とのちぐはぐ感が否めない。
「なあ花村」ふいと大塚が言った。「俺、先に風呂入ってもいいか?」
「ん? ああ、別にいいけど」
「さんきゅ。あ、あと探してみたけど、浴衣っぽいものがどこにもなかった」
「マジかよ。どーすんだ。桂木とかに言やいいのか? ……けど、どこにいんだ? あいつ」
「さあ? ま、俺はとりあえずジャージでいいかなって」
 そう言って手に体操着とジャージを持ってバスルームへ入ろうとした大塚が、ふいと振り返って、笑った。
「それとも一緒に入る?」
「は……? え?」
 とっさに意味を判じかねてまばたくと、大塚はくっと喉の奥でまたひとつ、笑った。
「冗談。じゃ、覗くなよ」
 そう言って、目の前の扉が閉じた。
「の……っ」
 覗くかよ! と叫ぼうとして、失敗した。
(の、のぞ、覗くって……い、一緒って……一緒に入ってどーすんだ!? …………いや待て、一緒に入ったってどーってことねーだろ!?)
 ここが温泉旅館なら、男湯に連れ立って浸かりにいくところだ。別にどこも不自然じゃない。
(けど、あの風呂にふたりって……むしろねえだろ!? 銭湯じゃなくてここ、元ラブホだぞ!?)
 いくら大きめのバスタブとはいえ、あの大きさでは向き合って入るしかない……否、向き合って入るように作られている……のかもしれない。
 もしくは、抱き合って。
「一緒にって……」
 どっと、耳の先まで熱くなった。とたん、中からざーっと水音が聞こえてきて飛び上がるほど驚いた。
(ちょ……どうすんだよ!)
 振り向けば、ガラス張りの向こうに大塚の裸体が見えてしまう。
(べ、べ、別に大塚のマッパはどうでも…………。……………………)
 思わずあのしなやかな筋肉で覆われた肩や胸を思い出して、じわりと妙な汗が皮膚の浅いところから浮いてきた。
(バカっ俺! ヤローのマッパがなんだよ、ちょっと……場所がラブホなだけじゃんか)
 だが、だからといってあの窓から大塚の裸を覗くのは、いくらなんでも変態っぽい……気がする。
「そ、そうだ。テレビ」
 点けっぱなしのテレビから、肩真面目なニュースが延々流れている。バラエティ番組みたいな笑い飛ばせるものにしてボリュームを上げたら、シャワーの音だって気にならなくなるかもしれない。
 カチコチのまま風呂に背を向けて、ローテーブルに起きっぱなしのリモコンへ手を伸ばした。適当なチャンネルを押すと、
『あ……っ、ああん! あっ』
「うわあっ!」
 女の嬌声が耳をつんざいて、思わず絨毯敷きの床へ尻餅をついた。ブラウン管には、丸くて大きな乳房が大写しになって揺れていた。慌てて隣のチャンネルを押すと今度は、
『ん……ふうっ、んっんっ』
 赤黒いものを咥えた女の真っ赤なくちびるが、目に飛び込んで来る。首を振って身体までくねらせながら、必死で肉棒をこね回している女の仕草はわざとらしいのにひどく淫靡で、一気に頭へ血が上った。
「そ、そうじゃねーって!」
 しばらくじっと見入ってしまってから、はたと我に返って、俺はリモコンの電源ボタンを押し込んだ。ぷつん、と画面が暗くなる。
「なっ、なんなんだよ……びっくりすんだろ……っ」
 誰もいないのにまるで言い訳みたいに、俺は大きめの声で独りごちた。せっかく気を紛らわすつもりだったのに、これじゃ全然逆だ。
 背後はなんとなく振り向きづらい。おまけにテレビから目を背けると、他に目につくものと言えばベッドしかない。むしろ視界にめいっぱいベッドだ。
(ラブホのベッドって、どこもこんなデカいのか?)
 トランポリンよろしく、飛んだり跳ねたりバック転をしても大丈夫そうだ。むろん、バック転をするために広いわけではないことぐらい、わかっている。
(つかこれ、修学旅行の間は毎日大塚と俺で同衾する……んだよな)
 お互い身体サイズは小作りでもないから、多少寝相が悪くてもぶつからずに眠れて好都合……
(じゃなくて!!)
 むしろこれは眠るためのベッドではない。薄暗くて一見ゴージャスなこの部屋も、休むための部屋じゃない。
 落ち着かなくて当たり前だ。わざとムードを盛り上げるように、否、興奮するように作られているのだから。
(どうすんだよ、これ!)
 俺は思わず絨毯にしゃがみこんで膝を抱えた。
(いや、別にどうって……寝りゃいいんだけど、でもこれって)
 頬がかっと熱くなった。
(やっぱ……やん、のか……な? さ、さっきのアレも、……前フリっつーこと?)
 ──それとも一緒に入る?
(いやいやいや! 待て! なんでもそっちに持ってくのはさすがに脳が沸いてるだろ!?)
 ぶんぶん頭を振ってから、膝に額をくっつけて丸くなった。
(か、考えすぎ! 意識しすぎっ!)
 確かに、俺と大塚はセックスをしたことがある。物陰でひっそりとキスすることも、ある。
(けど、そもそも俺ら、付き合ってるとかじゃ……ねーし)
 これが男女だったら暗黙の了解で付き合っている部類に入るのかもしれないけれど、あいにくお互いに男だ。それに付き合ってくれとも言われていないし、こっちも言っていない。
(一回セックスしたからって……恋人とか、うざい……気がするし……じゃねえよ! その前に俺ら男同士じゃん! 付き合うとか、ないだろ!?)
 大体もし大塚がその気なのだとしたら、こんな部屋に放り込まれれば少しはそわそわしたりするのじゃないだろうか。
(けどあいつ、めちゃめちゃいつも通りだったし。……いや、ひょっとしたらすっげー慣れてんのかもしんないけど)
 それはありうる。ものすごくありうる。
 文武両道のくせに気取ったところがなく、誰にでも人当たりのいい大塚のことだ。八十神で女子にもてはやされるのは当然だが、だからと言って都会の学校で埋もれる存在とも思えない。きっとモテていたに違いない。
(俺のときだって、妙に手際よかった、し…………たぶん)
 たぶん、というのはセックスの衝撃に自分の頭がぶっとんでいたせいで、なにをどうされたか具体的に思い出せないからだ。情事の始末は大塚がきれいさっぱり済ませていて、はたと我に返ったときには何ごとかあった痕跡はどこにも見あたらなかった。それに引き替え俺はその間、大塚が囁く睦言を聞きながらみっともなく息を荒げてベッドに転がっていただけだった。
(しょーがねーだろ。てか……あんとき腰抜けてたんだよっ!)
 そのわりに、翌日に響かなかったのは大塚のテクニック……なのかもしれない。
(だっ、だいたい、なんであんないきなりっぽいシチュエーションでナチュラルにコンドーム持ってんだよ! それともなにか!? 財布に入れて持ち歩くのがモテ男のたしなみか!? どうせ俺は抽斗ん中だよ、めちゃめちゃ奥の方にしまいっぱだよっ。それも引っ越す前に自販で買ったヤツ! しょーがねーじゃん稲羽で買ったら即身バレすんだろ、つーか、ぶっちゃけ使う予定ねーんだよっ! 悪かったな!)
 心中でやけくそ気味に悪態を吐いているうち、どんどん情けなくなってきて蹲ったまま頭を抱えた。
(俺らって……いったいなんなんだろ)
 あんなことがあって、ただの友だちではいられない。大塚はどうだか知らないけれど、少なくとも自分には無理だ。こんな、やってくださいと言わんばかりのお膳立てで放り出されて、意識せずにいられるほど呑気でもなければ達観もしていない。
(しなきゃよかった、……のか?)
 お互いの間にまとわりつく蕩けそうな熱や、急いた息づかいや、しっとりと濡れた肌を知らないでいられたら、こんな気分にならずに済んだかもしれない。
「風呂、上がったよ。お待たせ」
 ガチャリ、と扉の開く音がして、俺は思わず飛び上がった。
「……なにしてんの?」
 怪訝な面持ちで大塚が首を傾げた。
「や、べ、別に……なんでも。ふっ、風呂入ってくる!」
「うん。──あ、バスタオルは洗面所の下にある籠な。バスタブにお湯も張ったからゆっくり浸かってくるといいよ」
「お、おう。サンキュー」
 慌ててバスルームへ飛び込んで扉を背中で閉めると、思わず大きなため息がこぼれ出た。
「はあ……」
 顔がまともに見られなかった。
(ぜってーヘンな顔してた、俺)
 ふと壁に据え付けられた大きな鏡が目に入って、じっと見ると、案の定まだお湯も浴びていないのにのぼせ上がった顔をしていた。うんざりしつつ制服を脱ぎ捨てると、すっかり下半身まで熱が回っているのがわかって、自分の節操のなさに本気で脱力した。
「サイアク……」
 独りごちてから俺はシャワーのコックをいっぱいに捻り、頭から思い切り冷たい水を浴びた。全身が冷え切ったころを見計らって、今度は大塚がお湯を張ってくれたバスタブにざぶんと飛び込むと、顎までどっぷり浸かった。
 肌がじんとするのは、冷たかったり熱かったりするせいだ。そう思いたかった。

「いっけね……ジャージ」
 風呂から上がりバスタオルで身体を拭いたところで、浴衣もパジャマもないことを思い出した。それどころか、慌てすぎて下着も置いてきてしまった。脱いだ下着をもう一度履く気にもなれず、そのまま制服を羽織るのも気が進まず、しかたなくバスタオルを全身に巻き付けてそおっとバスルームの扉を細く開けた。荷物は部屋の扉の右手に積んである。
(……あれ)
 部屋はしんと静まりかえっていて、大塚の姿が見えない。
(別の部屋にでも行ったのか?)
 少しだけほっとして、俺はこそっとバスルームから出た。荷物の積んであるところまで小走りで一直線に行って中身を掻き回し、とりあえず下着を取り出して履いて、ジャージのズボンを履いた。
 少しホッとして部屋を見回すと──大塚が、いた。
「うっわ!」
 思わず大きな声を出してしまったが、しかし、大塚はぴくりでもない。ベッドに仰向けで転がったままだ。
「び、びっくりした。……大塚?」
 ひそりと呼んでみたが返事がない。そろそろと近寄ってみると目蓋はしっかり閉じて、胸が微かに上下している。
 どうやら、すっかり眠りこんでいる。布団もかけずに、大きな丸いベッドの左側にちんまりと横向きで。
「……んだよ、脅かすなよ」
 どっと身体の力が抜けて俺はその場にへたり込んだ。しかもこれだけ横でごちゃごちゃ言っているにも拘わらず、大塚は目を覚ます気配がない。
(さすが大物っつーか、神経太いっつーか……俺の気が小さいだけかもしんないけどさ)
 あんなに意識して緊張していたのが改めてバカみたいに思えて、俺はのろのろと体操着とジャージを着込むと丸いベッドの右側に身体を沈めた。上掛けをかけようかとも思ったが、引っ張ると隣で気持ちよさそうに眠っている大塚を起こしてしまいそうだったから、やめた。
 もうひとつため息をついて天井を見つめ──俺はまた飛び上がらんばかりにぎょっとした。
「なんだこれ……」
 天井が鏡張りだった。目を見開いて呆然としている俺自身と目が合う。なるほど、ゴージャスなベッドに天蓋がないのはこんな理由か、と妙に納得した。
(落ち着かねえ……)
 仕方なくころりと横を向くと、今度は目の前に黒髪が飛び込んできた。
(うわっ……)
 叫びそうになるのを、今度は両手で覆ってすんでのところで堪えた。
(なにやってんだよバカ! 逆向けよ俺っ!)
 ばくばくと脈打つ心臓を宥め、いきなり寝返りを打って大塚を起こしてしまわないよう、じっと息をひそめた。が、幸い起き出す様子はない。どうやらよほど眠りが深いらしい。
(落ち着け俺、ひとりでなにテンパってんだ。大塚は完璧寝てるって!)
 自分へ必死に言い聞かせて、細く長く、そおっとため息を吐き、ゆっくり息を吸い込むと、ふんわりとフローラルの香りがした。バスルームに置いてあったシャンプーの香りだ。洗っているときはずいぶん強い匂いだなと思ったけれど、いまこうしているとほどよく和らいでいる。
(……少し、大塚の匂いがするから、かな)
 特に体臭が強いわけではないけれど、近くにいるときふいと感じる大塚の匂いが、すきだ。大塚の部屋へ遊びに行くと、雑然としているわりに居心地がいいのと似ている。そんなことを考えているうち、さっきまでひとりで慌てたりどぎまぎしたりしていたのがウソみたいに、気持ちがすうっと落ち着いてきた。
 しばらくぼんやりしていると、大塚の肩が微かに上下するのに合わせて、薄く穏やかな寝息も聞こえてくる。
(なんかこれはこれで、役得なんじゃね?)
 ちょっとやそっとでは目を覚ましそうにないと分かったせいか気分にも余裕が出てきて、ほんの少し、大塚の髪を人差し指に絡めてみた。艶やかで張りのある黒髪は、まだ少し湿っているせいか手当たりが柔らかい。
(寝癖になったりしねーのかな、これ。案外自分の見た目気にしてないっぽいけど、やっぱ朝は髪セットしたりしてんのかな……つうか)
 ふいに気づいた。
(大塚の寝顔って見たことねーや)
 林間学校のときはいつの間にか眠り込んでいて大塚が先に起きていたし、情事のあとは自分の方がいつもさっさと沈没してしまい、目を覚ますと大塚はもうとっくに起きている。少しくらい寝ているのかもしれないけれど、実際どうだかは知らない。そもそも互いの家に行っても泊まったりはしないから一緒に朝を迎えたことが一度もない。
(……ちょっとだけ)
 そおっと身体をベッドから起こした。わずかにスプリングが軋んだ音をたてたけれど、気にするのをやめ、背中側から大塚を覗き込んだ。
(うわ……)
 ことり、と心臓が鳴った。
 湿った黒髪が額へまばらにかかっていて、前髪の具合がいつもと少し違った。
 薄く開いたくちびると、穏やかに閉じられた瞳。ほんの少しずつバランスが違うだけなのに、いつも理知的な印象の大塚が驚くほど幼げに見えた。
(睫、けっこー長いんだな。眼鏡するとレンズに当たりそ)
 屈み込んで見つめると、柔らかな大塚の吐息が規則正しく皮膚に当たる。本当に、よく眠っていた。何もかも手放して眠りに落ちている大塚を見ていたら、染みいるような暖かさが胸にこみあげてきて、気づくと俺は大塚の頭をそっと撫でていた。
(かわいい、……かもしんない)
 大塚の前にいると慌てたりビックリしたりの繰り返しで、たいてい自分のことでいっぱいいっぱいだから、側にいてこんな穏やかな気持ちになったのは初めてだった。
 自分の隣で、大塚が眠っている。ただそれだけのことなのに。
 あったかい。
(やっぱ俺、すきなんだな。こいつのこと)
 改めて、思う。それだけでまた胸がじんとしてきて、俺はさらにゆっくり屈み込んでから大塚の頬に小さく、小さくキスをした。
(よく眠れるよーに……って、スゲー寝てるけど)
 くちびるでそっと触れるだけの、キスとも呼べない程度のキスだったけれど。すごく気持ちよくて、胸の奥がぎゅっとした。
 これ以上見ていると、起こしてしまいたくなりそうだった。
 声が、聞きたくて。
 名前を呼んで欲しくて。
(……俺も寝よ)
 サイドテーブルのスイッチで部屋の明かりを消し、ごそごそとベッドの端まで行って、俺は横向きに身体を丸めた。
 朝、寝癖の跳ねた大塚が目を擦りながら少しぼんやりした声でおはよう、と言ってくれたらいい、なんてくだらないことを考える。そしたら俺は、おまえ昨日はものすごい寝てたぞ、って笑ってやる、とか。
(早く朝になりゃいいのに)
 修学旅行中だなんて思えないほど、静かな夜だ。
 枕投げも、境目のない敷き延べた布団でレスリングじみた大暴れをすることも、教師の見回りに身を潜めて笑いを押し殺すことも、ゴロゴロしながら意識を失うまで誰かの恋バナに花を咲かせることもないけれど。
 今晩のことを懐かしんで、遠い未来、誰かに話すこともないだろうけど。
 俺ひとりの胸の中に残るだけのたった数時間は、きっと、宝物になる。そういう予感がする。
 こんな修学旅行があったっていい。
 しかし、いつまでたっても睡魔がやってこない。まんじりともせず息を殺していると、背中の向こうから穏やかな大塚の気配が伝わってくる。
「大塚のバカやろ」
 幸せ半分、ひそりと悪態を吐いてみる。どう考えたって、真後ろにすきな相手がいる状況でうまく眠れるわけがない。
 ふいと、ひょっとして大塚はいつもこんな苦労をしているのだろうかと思ったが、心中で大きく頭を振った。この男に限って、そんなしおらしい様子は似合わない。たぶん眠りたければこんこんと眠るし、起きていようと思えばいつまででも起きていられるだろう。身の危険を感じれば、いくら眠りが深くても飛び起きるに違いない。
 誰かを──仲間を助けるために。
 ……俺のために?
(バーカ……んなの、当たり前じゃん)
 俺だって大塚のためなら、ノンレムで爆睡してたって飛び起きてやる。
 ぎゅっと目を閉じ固く身体を丸めて、俺は祈るように何度も胸の裡で「眠くなれ」と繰り返した。


 なにか夢を見ていた気がするけれど、忘れた。起きた瞬間に忘れてしまった。ただ、別に悪い夢ではなかったという残滓だけが、頭の隅に辛うじて残っている程度の夢。よくあることだ。
 けれど、その次に思ったのは、
(……なんか、あつい)
 夏はもう過ぎたのに、しかも空調の効いたホテルにいて、暑くて目が覚めるなんてヘンだ。否、あとから考えてみれば自分が目を覚ましたことすらうまくわかっていなくて、漠然となんだかヘンだな、と思っていただけだという気がする。とにかく、何かが妙だとはわかっていた。
 気の毒なことに、身体だけが。
 所詮、脳が自己を知覚するなんて一番最後なのだ──と、これもあとから思ったことだ。
「んー……」
 どこがどう、とはうまく言えないが、全身がむずむずした。けれど、身体を伸ばそうとしたのにうまくいかない。なんだか重い。寝返りを打とうと思ったのにできない。
(いま、何時だよ)
 昨夜はどうしてもうまく寝付けなくて、少しうとうととしては目が覚め、時計を確認しては落胆し、しばしばする目を擦って無理に目をつむることを繰り返していたのだが、今度こそ少しは眠れただろうか。そろそろ朝だろうか。
 時計が見たくて、朦朧としたままシーツに腕を泳がせた。だが一向にサイドテーブルへ手が当たらない。部屋に窓がないから、時間を知りたければ時計を見るしかないのに。
(とけい……腕時計)
 起き上がろうとした途端、なぜか胸の辺りがつきんと痛んだ。
「って……」
 自分の声が遠い。まだ、寝ぼけている。
 いろんなこと全てがままならないのに焦れて、俺は目許を擦り、無理やり重い目蓋をこじ開けた。
 天井一面にはめ込まれた鏡、そこに映っているものが目に飛び込んで来る。腕も足も投げ出してベッドに転がっている自分と──それから、大塚がいた。
「…………へ?」
 なんだかうまく状況が飲み込めなくて、おかしな声が出た。
「あ、やっと起きた」
 柔らかな優しい声がした。
「おはよ」
 すきな音だ、と思う。これは寝る前に想像したシミュレーションと案外近い気がする。
 けれど──なんだかヘンだ。
「…………あ?」
 どうして大塚の声が、自分の視界より下から聞こえるのだろう。
 どうして大塚の黒い頭(だと思う)が、俺の胸の辺りに見えるんだろう。その体勢だと、俺の上に乗っているとしか思えない。しかも俺のジャージの上は左右にはだけていて、体操着は首許までめくれ上がって、下は膝までずり落ちている。
 どうして……どうして?
(………………………………なんでだ!?)
 瞬間、雷に打たれるがごとくいきなり俺は覚醒した。
(なんで大塚が俺の上に乗っ……じゃなくて、ジャージが脱げ──いや待て、つうかこいつ、なにやってんだ!?)
 すると大塚の顔が俺の目の前に現れて、ほんの少し苦笑した。
「いつも、落っこちるみたいに寝るよな。陽介」
 呆然としていると、くちびるがやんわり鼻先へ落ちてきた。
 ──ようすけ。
 それは知らないうちにできた不文律みたいなもので、大塚はクラスメイトの前で俺の下の名前を絶対に呼ばない。
 つまり、いわゆる、そういうときにしか口にしない。
「いい夢見られた?」
 囁くついでみたいに耳朶を噛まれて、思わず変な声を上げそうになった。
「案外起きないから驚いた。俺、ひとりでどこまでやっちゃうのかと思って」
「うひゃあっ!!」
 いきなり下肢で有り得ない感触がして、おまけにぐちゅっと生々しい音がしたから、今度は本当に珍妙な大声が漏れた。
(ケ……ケツ!)
 堪えるとか、息を詰めるとか、そういうことでやり過ごせるレベルの衝撃じゃなかった。
(そこたぶんなんつーかきっとおそらくケツ……! しかも、そこ、なんか、挿れ……っ)
 混乱する頭でなるべく冷静に分析すると、大塚が俺のケツになにか固い異物を突っ込んでいると思われた。現在進行形で。
「ちょ……おま、なに!? なんなわけ!?」
 暴れようとしたが、俺の上に大塚が漬け物石みたいにどっかと乗っていて無理だった。
「あ、きもちわるい?」事も無げに大塚が言った。「そうとう慣らしたつもりなんだけど」
「ちげーよアホ!」
 脊髄反射で叫んだ。そういう問題じゃない。
 しかも、これだけ言っているのに止めない。ぐいぐい固いものを押し込む大塚の指まで内側に当たるのがわかって、もういますぐ舌を噛んで死にたい心境になる。
「……にしてんだよ朝っぱらから……っ! も……ちょ、待て待てまて!!」
「ん、あとちょっとだけな」
 なぜこいつはときどき言葉が通じないんだろう、と真剣に思う。俺がバカなのか、と卑屈に考えてから我に返った。
(ちがう、ぜってーちがう、そうじゃない、俺は悪くねえっ)
 大塚が説明を端折りすぎているだけだ。しかも、わざとやっている。そうに違いない。その証拠に、
「……なに?」
 目が合うと、大塚は目を細めて笑んだ。
 俺がビビるのを見ておもしろがっているとしか思えない。
「おま……このっ、そーやっていちいち俺を弄ぶなっ! サプライズノーサンキュー!」
「いや、そういうわけじゃなかったんだけど」
「じゃあ、どういうわけでこうなんだよ!?」
「起きたら陽介が横で寝てて、見てたらなんだか触りたくなった」
 そこまではわかる。別にいい。むしろ、少しばかり嬉しい。
「頭撫でて、ほっぺた触って、そのあとちょっとだけキスしたんだけど……なんかかえってムラッとしてきて」
 それもまあ、わからないではない。昨晩の俺と変わらない。
「だったらその時点で俺を起こせばいーだろ!?」
「だってよく寝てたから、起こすの可哀想で。どうせ、あんまり寝てないんじゃないの?」
「う……」
 完全に見破られている。
「で、しょうがないから、落ち着いて外の空気でも吸おうかなと思って、部屋の外に出て。そしたら廊下の突き当たりで自販機見つけた」
 そう言って大塚が目の前に突きだして見せたのは、小さめのボトルだった。ホテルのアメニティによくある、いわゆる旅行サイズのシャンプーかリンスみたいな。
「これ、買ってみた」
 ぱちんとキャップを外して、手のひらに中身をとろりと垂らしてから、大塚はサイドテーブルへボトルを置いた。
「ローション」
「待て! 気づけ! 外に出た目的がいきなり直角に曲がってんぞ!?」
「なんていうか、ちょうどいいなと思って。毎回ハンドクリームとか軟膏とか、どうかと思ってたから」
 どうかしているのはおまえの頭と、常識をやや踏み外している担任と、修学旅行生を泊めるくせに明るい家族計画の自販機を置いたままにしておくホテルだと言ってやりたかったけれど、残念ながらそんな大量の科白は声にならなかった。大塚の手が止まらないせいだ。ぬるぬるしたものがついた手のひらと指で、今度は俺の胸をこね回している。
「バカ……っ、ちょ、やめ……誰か来たらどーすんだバカ……っ」
「あ、来ない来ない。まだ五時だから」
 さらりと言う大塚を殴りたかったけれど、あいにく手が届かない。
「寝かせろ……っ!」
「寝てたよ、すごく」
「まだねみーんだよ!!」
「でもまあ起きちゃったし、二度寝すると起きるの辛いし」
「おまえが起こしたんだろ!! ……あ、も……っや」
 やめろと言いながら、胸元をくすぐる大塚の指が気持ちよくて、本気で払い退けられない自分が腹立たしい。でも、俺は一ミリだって悪くない。
(……ちがう、俺もだ)
 歯を食いしばって嬌声を堪えながら、思い直す。大塚のせいにするのはずるい。こんなの共犯の火遊びで、お互いのせいにきまってる。生きたモロキンに見つかったらきっとふたり仲良く縛り首だ。桂木に見つかったら大喜びしそうだけれど。
「ホテルが白川通りっていうし、決めたのは桂木だっていうし、最初からなんか怪しいなって気はしてたんだけど……さすがに準備万端ってのもやりすぎな気がして止めたんだよな」
 現地調達でも充分やりすぎだ。
「は……っう」
 俺の小さな粒を、大塚の指が抓ったりひねったりする。何度も繰り返されて、動かすこともままならない膝の裏にじんわり汗が浮いてきた。ときどきローションまみれの指がぬるぬると行き来すると根元がじんとして、余計固くなっていくのが自分でもわかる。
「大塚……っ」
「これ、気持ちいい? 舌でするのとどっちがいい?」
 容赦なくハッキリと訊いて、右の乳首を摘んだまま左の乳首をぺろりと舐めた。
「ぅあ……!」
 思わず顎を反らせて呻いた。
「な、どっち?」
 目をつむって必死で頭を振った。どっちなんて、そんなの決められない。
(どっちも大塚なのに)
 気持ちいいに決まっている。
「胸、好きだよな。……陽介?」
 返事をしないでいると、手と舌が止まって憎らしい。仕方がないから微かに首を縦に振ると、舌が、ご褒美みたいに粒をくすぐって、押しつぶすように捏ねた。
「あ、あう……っ」
「こうしてると肌がピンクにさあって染まってくの、わかる?」
 わかるわけない。自分のことなんか見ている場合じゃない。恥ずかしいのと気持ちいいのとがせめぎ合っていて、おまけに大塚の指の動きや声を全部零さずに受け取るだけで頭がパンクしそうなのに。
 なのに、目を開いてしまって、気がついた。
 天井の、鏡。俺が見えた。
「………………っ」
 知らない自分がいた。熱に浮かされてどろどろの顔をして、上に乗った大塚が屈んで触れるたびに震えながらだらしなく口許が開く。
(こんな顔、してんのか……俺)
 痴態を目の当たりにして、いまさら愕然とした。
「うっそだろ……」
 見ていられなくて、腕で目許を覆った。
「うそ? なにが? ……ああ、なんだ」
 大塚が俺の腕をやんわり退けた。
「鏡見てた?」
 覗き込む大塚と目が合わせられない。いつもこんな顔を見られていたのかと思うと、本気で憤死しそうだった。
「なんだ、よそ見できるなんて結構余裕あるな」 
 だったらいいか、と口の中で呟いて大塚が上体を起こした。
(いいって……なにが)
 ぼうっとした頭で思ったけれど、離れてくれたことに少しだけほっとして息を吐いた。
 とたん。
 内臓が、震えた。
「ひ──、……っあ!」
 なにが起きたのかわからなくて、俺は文字通り飛び上がった。
 震えている。俺の中でなにかが、肉の内側を擦るようにみちみちと動いている。ダイレクトに身体のど真ん中を揺さぶられて、俺の身体もがくがくと震えて止まらない。
「う、あ、あ……これ、な……っに、……ぅあ!」
「さっき挿れといたやつ。これ、スイッチ」
 震えながらあおのくと、大塚の手に小さなリモコンみたいなものがあった。
「に、それ……ぁ、やだ……あ、あ、……っああ!」
 急に内側のものが、身体を抉るような動きに変わった。俺はシーツから背中を浮かせて、震えながら身悶えた。熱い。生身の肉を掻き分けられて、背骨からぐしゃぐしゃになっていくかんじがする。
「なに、なにそれ……なにこれ……やめ……あ、あ!」
「やっぱり違うんだ? 感触」
「バカ……っ、あ、なに……なにこれ、も……!」
 寝言か譫言みたいに似たような繰り言を吐き出していると、
「バイブ」
 本当に、どうでもいいことみたいに大塚が軽く言った。
「ローションと一緒に買ってみた。そこで売ってたから。──あ、勃ってきた。ふうん……」
 ただでさえじっとしていられないおかしな感触があるのに、まじまじと見られているのが分かって、俺はただ逃れたい一心で腕でシーツを掻いた。けれど、大塚がまだ俺の上にのさばっていて動けない。
「どけバカ……! あ、っく、ぁ……も、よせバカへんたい……! さいて……」
「でも、勃ってるし」
 そう言って、大塚の指が俺の尻に触れた。
「ゃっ……あ、やあ、さわんなっ……バカ……!」
「中からローションこぼれてる。……こっちも」
「は、ぅ……っ!」
 もうとっくに熱くなっている俺の真ん中に、大塚が屈み込んでうやうやしく触れるだけのキスをした。水気を含んだじゅるっという音がして、嫌でも自分が潤んでいるとわかった。
「やらしいな、陽介。ここ、全然触ってないのに」
 くすりと笑い含む声が聞こえて、けれどそれ以上はなにもせずにくちびるはすぐに遠のいた。
「もう、あっちこっちびしょびしょ。ローション塗って、後ろ広げて、バイブ入れただけなのに」
 手のひらが頬をそっと撫でて、汗を拭ってくれる。特別な動きでもなんでもないのに、なぜだか皮膚が触れるだけで膨大な熱になって、弾けて、震えた。なのに、次々沸き上がる衝動をを逃がすところがどこにもない。動きを制限されすぎていて、ただ、渾身の力でシーツを握りしめるくらいしかできることがない。
「あ、うっ……、あ、あ、やだ、……や」
「嫌なら抜いていいよ」
「い、よ……っておま……」
 自分のケツに指を突っ込んで掻き出せというのだろうか。
(む、無理むりムリぜってームリ!!)
 考えただけで気が遠くなる。
「俺はもうちょっと見てたい」
「お……っ、鬼……!」
 かち、と音がして、また動き方が変わった。
「あ、あ、……はっ、あ、あ!」
 甲高く飛び出す声も揺れる腰も、どうしても止められない。
(こんなの、冗談じゃねえって……!)
 これじゃ公開オナニーだ。しかも、内蔵が生理的に反応しているだけだ。そんなことがしたいんじゃない。
 大塚となのに。
「も、抜け……バカ……っ!」
「こんなに気持ちよさそうなのに? このままイケそうだけど」
 必死で首を振った。
「……やだっ、つの……っ、あ」
「ほら、また零した。なのになんで?」
 顔を近付けた大塚が笑って聞く。
「ね、なんでダメなんだ? 言って──陽介」
 思わずぶるりと震えて、じわっと先端が熱くなる。同時に目の前にある笑顔がぼやけた。たぶん、涙のせいだと思う。
(ひでえ……!)
 答えなんてわかっているくせに、こいつは俺の口から言わせるつもりだ。
(こんなときばっかり名前で呼ぶ)
 でも、言わないときっとこのまま抜いてもらえない。
「…………れじゃ、ンなんだ、よ……っ」
 息苦しさと恥ずかしさで、声が掠れた。
「きこえない」
 けれどやっぱり許してくれない。
「これじゃ……やだっつってんだよ……っ!」
 ぎゅっと目をつむると、目の端から生ぬるいものがほろりと伝ってゆくのがわかった。
(だっせえ)
 だけど、これ以上は無理だ。言えない。口に出したらきっと脳が熱で破裂する。
「ごめん」
 ややあってからくちびるから甘い声と、柔らかい感触が落ちてきて俺の頬を滑った。
「じゃあ、俺のならいい?」
 まともに顔を見るのも恥ずかしくて、俺は目をつむったまま、ただ細かく首を縦に振った。
「……ぅあっ」
 いきなり中にあったものがつるりと引き抜かれて、思わず声が漏れる。中での圧迫が失せた途端に、どっと身体から力が抜けて汗が噴き出した。
「は……」
 大きく息を吸って、吐く。
 呼吸することはこんなに大変だったのか、といつも思う。生きることさえ相手に委ねているなんて、本当は少し怖い。
(でも、いい……こいつなら)
 大塚は絶対に俺を置いていったりしない。俺が追いつけなくても、よろけて躓いても、きっと笑って待っていてくれる。一緒に歩こうと言ってくれる。たとえ自分が先頭に立って、傷を受けても。
(俺はそれを、一番よく知ってる)
 だから、こいつとなら怖くない。
 ぴたり、と熱いものがあてがわれ、とたん、俺の身体が反射で跳ねた。視線を持ち上げると、大塚の目がまっすぐ俺だけを射貫くように見つめていた。
 大丈夫か、と聞いてくれている。
 俺にはそれが、ちゃんとわかる。
 胸の奥がじんとして、俺はなにも言わずに大塚の首へしがみついた。
(おまえならいいんだっつーの……)
 口に出すのはまだどうしても恥ずかしいけれど、きっとちゃんと伝わっている。そう信じたい。
 ふわ、と熱い息が首筋にかかった。
「陽介」
 ひと言呟いて──大塚が俺に分け入ってきた。
「──ぅ」
 さっきとは比べものにならない大きさのものが、俺の身体をゆっくりと突き進んでくる。大塚の張り出した部分が、俺の狭い入り口をじりじりとこじあけてゆく。
「あ……、あ、っあ」
 けれど、ちっとも性急な動きではなかった。残ったローションの滑りを使って、徐々に、小刻みに擦りながら挿ってくる。俺に負担をかけないように、という気遣いであることは手に取るようにわかった。
 さっきまであんな、イジメか遊びみたいなことをしていたくせに。
(いつもそうだ。……最初のときも)
 俺が緊張しすぎないように、本気でやめろと言ったらいつでもやめられるように、あとで全部自分のせいにできるお膳立てをして、大塚は平気で嘘を吐く。
(かっこつけすぎなんだよ……)
 しかも、隠そうとしているのが肝心なときに分かってしまうから、困る。いくら酷いことをされても許してやりたくなってしまう。
 そして、いつもどれだけ嘘を吐いて平気な顔をしているのだろう、と思う。たぶん誰にも気づかれない嘘と傷をいくつも負って、ひとりで先頭に立って、背中を向けて。表情は、自分から振りかえるまで決して誰にも見えないように。
(なのに、なんでこーゆーときに限ってできねーんだよ……バカ)
 いとおしさが水位を増して胸に兆し、俺はしがみつく両腕に力を込めた。重なり合う肌から少しでもなにか拾いたい。
 だが、なかなか奥に進まない。
「────っ」
 大塚の喉からもくぐもった呻きみたいなものが漏れ、一緒に汗が落ちてくる。俺も、力を抜きたいのにどうしても強ばってしまって、まだほんの少ししか挿っていないのに、もう全身汗でぐっしょりだ。
(くそっ、いい加減慣れろっ……俺)
 大塚を拒絶したいみたいで、すごく嫌だった。
(そうじゃねーのに)
 俺の身体も、息も全部差しだしたい。大塚が好きだということをきちんと伝えたい。誰よりも信頼していることを、もっとわかってほしい。言葉では伝えきれない、膨らんでゆくこの気持ちを、熱を、全部。
 この、他の誰にも許さない交わりで。
「おおつか……」
 呼ぶと動きを止めて、少しだけ不安そうに黒い瞳が揺れたから、俺は首を左右に振った。
「バカ……止めんな」
「陽介」
「…………っ、もっと、いいから」
 そう言って再び強くしがみつき、肩に額を押し付けた。
「はやく……っ」
 俯いてなんとか、それだけ言った。
「なにそれ」
 苦笑が振ってきた。
「俺のこと殺す気……?」
 首を横に振った。頭も胸もいっぱいで、もう、そうするしか答えようがなかった。
(早く、欲しい)
 全部俺の中にさらけ出してくれたらいい。きっと誰も見たことのないこの男の真ん中を、俺が手に入れたい──早く。
「……壊しそう」
 どこかしんとした声が遠いところから聞こえた。
「なに……言ってんだよ」
 遠くからすかすかした俺の声がした。
 俺の声も少し、笑ってた。
 とたん──俺の真ん中を熱が走り抜けた。
「っあ────」
 ごり、と肉と骨が生々しい音を立てた気さえした。
 大塚が、無理やり自分自身を俺にねじ込んできた。
 ひどい圧迫が押し寄せて、途中で叫ぶこともできなくなった。一番狭い入り口を過ぎ、なおも押し込まれる。
「……っ、ああ!」
 どん、と深いところに突き当たった感触がした。しかも背を丸く抱え込まれ、真上から割り広げられる格好になった。しがみついていた腕は堪えきれず、汗で滑って勢いよく落ちる。視界が逆さになる。
 ずしりと上からかかる大塚の重さで、俺はシーツの上に押し付けられた。
「身体、柔らかいな……」
 大塚が呟いた。
 無理やり視線だけであおのくと、大塚の顔よりも自分の酷い格好が目に飛び込んできて、いきなり死にそうな気分になった。身体を二つ折りにされ、股を広げて膝を折っている。腹に当たるほどそそり立つ俺自身。その真上から大塚が自分を貫いていて、真上から俺を覗き込んでいた。
「シーツの向こう側につま先がつきそう」
 とんでもない格好を、大塚にあますところなく見つめられている。いたたまれずに顔を背けると、急に俺の中がぎゅっと狭くなった。
「は……っあ」
「恥ずかしい?」
 大塚が訊く。けれど、もう、頭の中も身体の中もいっぱいいっぱいで何も答えられない。なのに、内側が返事をするように震えた。我ながら正直すぎる。俺の狭い場所にある柔らかい肉は喜んで、とろけて、中にいる大塚の形をありありと伝えてくる。
(でけえよ)
 おまけに熱くて、ガチガチに固い。
「俺はすごい気持ちい……」
 さらに、ぐっと押し込まれた。息を吸い込んだとたん、喉の奥が擦れてひっ、と微かな悲鳴みたいな音になる。けれど、大塚は怯みもせずにそのまま捻るように屹立を擦りつけてくる。もうこれ以上挿らないのに奥をぐいぐい押され、持ち上げられた膝ががくがく震えて止まらない。
「う、っ……ぁあ、熱……っ、あ……ああ」
 あっという間に全身が沸騰して、声と、汗と、涙と──精液が、順番に身体から吹きこぼれた。
「……あ、っあ……や、とまんね……やだ、も……っ」
 理性と身体が完全にまっぷたつだ。舌を噛み切りたいくらい恥ずかしいのに、腹へ、顎へ、顔へ、生ぬるい滴がぱたぱた降ってきて止まらない。いつまでも気持ちよくて、痺れていて、もう、身体が自分のものじゃない。
 頭の天辺からつま先まで、大塚に溺れてる。
「すごい、……えろい」
 嵐みたいな熱がようやくひと山通り越したころにため息みたいな声がして、大塚が手の甲で俺の頬を撫でて拭い、濡れたところをぺろりと舐めた。
「こんなじゃ、俺の方が先に壊れる」
 俺のことをもうとっくにめちゃくちゃにしておいてそんなことを呟いたから、まだ息が整わないまま少しだけ睨みつけた。なのに。
「…………おおつか」
 思わず、いとおしさで息が喉元につっかえた。
 大塚の額にはもうすっかり汗の粒が滲んで、カーテンの隙間から漏れる明かりできらきら光っていた。俺は、なにもしてやっていないのに。
 シーツを掴んで重く沈んでいた腕を上げて、俺も、大塚の額をそっと拭ってやった。すると、大塚が困ったように笑った。
「いまのうちにもっとちゃんと怒らないと、俺とまんないよ、陽介」
「怒ったら……ホントに止まんのかよ」
「止める努力はする」
 そう言って、そっと俺の背をベッドへ下ろしてくれた。腰の位置が変わって、いままでと違う角度から大塚の屹立が当たる。
「バ……カっ、──あっ……!」
 けれど身構えたのもつかの間、ずるり、と大塚が俺の中から出て行った。とたん、無意識に引き留めようと大塚を食い絞めてしまい、狭い入り口が強く擦れて鈍く傷んだけれど、それ以上は大塚の動きを遮ることはできず、触れあっていた肌もするりと遠のいたから、俺は驚いて身体を浮かせた。
「……お、おつか」
 起き上がろうとすると、大塚はポンと頭を撫でてベッドから降り、立ち上がる。俺はただ呆然となってさっさと部屋の奥へ消えていく後ろ姿を見送った。
(なに? 怒った? ……いま、俺が? それともあいつが?)
 火照っていたはずの肌が急にさあっと寒くなって、くしゃくしゃの上掛けをたぐり寄せた。
(それとも軽蔑した?)
 本当のことは口に出来ないまま、さも大塚のせいみたいに憎まれ口を利いたりしたから。大塚が気を悪くしたのかも。
 ごめんと言えばいいのだろうか。とにかく追いかけて、なにか話をしたほうがいいのか。どちらとも決められず動けずにいると、シャワールームから水音が聞こえてきて思わず鼻がつんとした。
(シャワー……使ってんの、か?)
 喉元に熱のこもった息が詰まって、頭蓋の内側から目頭を押されたみたいになる。
(オシマイってことかよ。そりゃ……けど、なんだよ最初はそっちが始めたくせに)
 上掛けを握りしめて歯を食いしばって、胸が痛む気配を怒りにすげかえようとした。けれど無理だった。
(ヤバい……)
 両肩を抱えて上掛けにくるまり、蹲った。体操着とジャージが汚れるとわかっていたけれど、でも今さら手遅れだ。
 身体の中を焼き切れそうな気持ちが暴れていて、抱えておかないとどうにかなりそうだった。
(なにこれ。すげえ、……さみしい)
 言葉に置き換えるとものすごく陳腐な音をしていた。けれど、笑おうとしたのにうまく笑えない。
(すぐそこにいんじゃん。……ンだよ、さみしいって。アホか)
 さっきまで寄り添っていた熱が失せただけで、こんなに辛く思うなんてどうかしている。バカバカしいと思いながら、マットレスにころりと転がった。まだ、ぬるく体温が残っている。こんなささやかな温度にしがみつきたいほど側にいたいなら、口に出して言えばいいのに。
(ホント……アホすぎんだろ俺)
 伝わればいいなんて、むしのいいことを考えたせい。自業自得だ。
(……アホ、泣くな)
 出てきた大塚におかしな顔を見せたくない。
(いいから笑え)
 適当に笑って調子のいいことを言って乗り切るなんて、いつも使う手だ。簡単なはずだ。
(わらえ)
 大塚が出てきたとき、ヘンな顔をしていたくない。
(けど、……なんて言ったらいいんだ?)
 ──おまえマイペースにもほどがあんだろ
 ──ひょっとして俺、気ぃ遣わせたわけ?
 ──別に俺は平気だったけど
(違う、嘘ウソそれ全っ然ウソ!)
 平気じゃなかった。どこもかしこも破裂しそうだった。いまだってちっとも平気じゃない。身体にまだ熱が燻っているのにひとり置き去りにされて……かなしい。とても。
「くっそ……」
「どうした?」
 耳許でいきなり声がして、驚いて顔を上げた。
 いつの間にか、目の前に大塚がいた。
「やっぱ痛いか? ──いいからそのまま横になってろ」
 そう言って大塚は俺の掴んでいる上掛けを難なく剥ぎ取り、ジャージも体操着も手早くひん向いてシーツの上に全裸で転がした。
「悪い。ちょっと、俺がダメだった」
「なにが……わっ」
 顔に、暖かく湿ったタオルが押し付けられた。
「おまえがエロすぎて、ちょっと、……ひどいことしたくなった」
 真剣な顔でそう言って、大塚は精液で汚れた俺の顔や身体を丁寧にタオルで拭ってゆく。髪の毛から滴る水滴が冷たい。頭から水でも被ったみたいに。
「なんでかな……優しい方がお互い気持ちいい気がするのに」
 俺に聞かせているふうではなくて、ただ、独りごちている感じだった。
「わりと得意なはずだったんだけど」
「真顔でブツブツなに言ってんの……おまえ」
「ん……なんていうか、俺がすごく格好悪いって話」
 ごめんな、と言って大塚が目蓋に軽くキスをくれた。それから、目を細めてきれいに笑う。
 それがあんまりきれいで。
 いきなり、ものすごく腹が立った。
「んだよ、それ……」
 腹が立ちすぎて声を留めておけなかった。
「おまえ、俺の言うことなんか、全っ然、これっぽっちも、聞いてないんじゃねえかよっ!」
 ボリュームが怒鳴り声になったから、さすがの大塚も手を止めた。
「陽介……?」
「テメーがかっこわりぃことくらいとっくに知ってんだよ! ひとバカにすんのもいい加減にしろっつうの! あんだけくっついてりゃそれくらいアホでもわかんだよアホっ! ──けど、俺が、いいっつってんだろ!」
 それだけ叫んでから、いつの間にかつむっていた目を開けた。
 大塚は、じっとこっちを見ていた。頭ごなしに怒鳴りつけた俺を責めるふうには見えなかった。なにか言い返したいのかどうかもよくわからない。
(知るか、んなこと)
 半ばやけくそ気味に、大塚の腰を掴んで引き寄せた。おざなりに腰へ巻いたバスタオルをひんむくまでもない。まだ、固くて熱いのがわかる。
(ウソばっか吐きやがって……俺がなんもわかんねーって思って)
 同じ男だから、わかる。もし最初のきっかけが悪ふざけだろうと冗談だろうと、あんな途中で止めたら辛いに決まっている。笑っている場合じゃない。
「優しくって、なんだよ。……そんなん」
 やんわりとあやされて、痺れるほど気持ちよくなって──俺だけが。
 それだけじゃ意味が全然ない。
(そんなん、いらねーよ)
 痴態を曝してまで、身体を差し出す理由にならない。
「いいっつってんだろ……っ」
 恥ずかしさを振り切るよう、吐き捨てるように言って、大塚のものにしゃぶりついた。
「ようす……」
 全部俺の名前を言い切る前に、大塚は息を詰めて、俺の髪をくしゃりと掴んだ。
「ん……っん、ふ」
 大きく口を開いて大塚を全部収めようとしたけれど、無理だった。喉の奥に当たるとむせそうになって、慌てて少し引き抜いた。だけどまだ何もしていない。離したくない。必死に息を整えていると、つんとした独特の匂いが鼻をつく。眦に少しだけ涙が滲んだけれど、気づかないふりをした。
(ってか、マジでかい……)
 舌全体を使って、括れをさするように舐めまわした。根元には手を添えてみたけれど、上下に動かすことぐらいしか思いつかない。同じ男なのだから、どうすれば気持ちいいかぐらいわかってもよさそうなのに、頭の中は真っ白だ。熱く張り詰めた大塚自身が自分の口の中にいるかと思うと、それだけでじんわり汗が出る。
(なにを、どうすりゃいいっけ)
 正真正銘、ひとのものを咥えるなんて初めてだから、うまいやり方なんて知らない。
(俺は……どうされたっけ)
 細かい手管なんて忘れた。気持ちよかったことしか覚えていない。
「無理すんな」
 髪をやんわり撫でる手と声に少しむっとして咥えたまま顔を上げると、大塚の顔が少し赤かった。部屋の壁紙がおかしな色をしているせいかもしれないけれど、少しホッとした。
 視線を振り切るように下を向いてもう一度、大塚を咥え直した。もうすっかり顎がだるくなっていたから、今度は先端だけを含んで舌で転がすようにしてみた。疲れたら口を離して、もう一度。幹には指を添えて、ときどき筋をなで上げてみる。どうしても両方いっぺんにできなくて、どっちかが動いているとどっちかが休んでしまうけど気にするのを止めて、深いところにある熱を丁寧に掘り起こそうと必死で没頭した。
 するとふいに、ひくり、と大塚が痙攣した。
(……反応、した)
 嬉しくなって丁寧に繰り返すと、大塚の屹立がまたほんの少し固くなって筋が浮いた。どこがいいのだかさっぱりわからないけれどもっと感じさせたくて、夢中になっているうちに俺も少しずつ羽目が外れて、正気じゃ絶対にできないようなことを始めた。
 口をすぼめて吸い上げたり、先端だけをちろちろと舐めたり。
「ん、っんん、っぅ」
 ヘンな自分の声が聞こえたけれど、だんだんどうでもよくなってきた。
 竿へそっと指を絡めてくちびるを這わせていると、大塚の割れ目から苦み走った味がとろとろと沁みてくる。改めて真上からはむりと口に入れ、先端の窪みに舌をあてがってからじゅるっとすすった。しみ出した先走りで滑りやすくなった屹立を舐め回していると、途端、さっきよりもずっと濃い匂いがむっと立ちこめた。
「ん……ふ、あ」
 自分が触られているのでもないのに、下腹がぎゅっと熱くなって、ため息みたいな息が漏れた。股間もずきずきする。ちらりと目をやると、前屈みになった体勢で俺の竿も勃ち上がっていた。
(マジかよ……っ)
 男のアレをしゃぶって、勃つなんて。
(どんな変態だよ……ああ、くっそ!)
 たぶん、もうすっかり壊れてる。
(壊れるとかどうとか、心配したってもーおっせーんだよ……っ!)
 軽くかぶりを振ってから、どくどくと脈が伝わるほど怒張した大塚を俺は再び本気で頬張った。余計なことを考えていると、うっかり自分のものを擦り上げたくなりそうだった。
「陽介」
 急に大塚がかさかさした低い声で名前を呼んで、俺の頭を押さえ込んだ。顔を上げようとしたけれど、がっちり掴まれていてできない。
(なんだ?)
 急に拘束されて、無意識に身体が強ばる。
「ん……、っう!」
 すると──いきなり大塚が腰を揺らして、俺の口腔を強く突いてきた。
「う、ぅうん……ふ!」
 大塚の太いものが喉の近くを掠めては、出て行く。何度も、何度も。もがこうとしてみたけれど、押さえつける力が強くてやっぱり無理だった。
 口を、犯されている。力ずくで。
「ぅっ、……っ、んん!」
 ただもう、口を開いているしかできない。口許から飲み下し損なった、大塚のものだか唾液だかわからないものが顎を伝って滴っていく。
「ん、んぅ……ふう、ん、っん」
「陽介、腰、揺れてる……」
「ん──ぅ……っ、ふ……っう」
 つぷんと後ろから大塚の指が挿ってきた。さっきまでのぬめりが残っていて、俺のケツはなんなく大塚の長くて形のきれいな指を呑み込んでいく。
「前と後ろ、どっちがいい?」
 答えられないのを知っているくせに囁くように言って、俺の中にある指先がひそりと奥にある熱い部分を掠った。
「む……っんう!」
 思わず歯を食いしばりそうになって、必死で堪えた。
 でも、ひょっとしたら歯が掠ったかもしれない。くぐもった吐息が聞こえたあと、口からぬるんと大塚が出て行った。
「……は、っく、……っ」
 肩より頭を低くして、シーツを握って、必死で息をした。口許から滴が滴ったままなのに、腕が重くて上げられず、さりとて拭うのも億劫だ。もう頭からシーツに突っ伏して、このまま眠ってしまいたい。
 ──なのに。
「……っん」
 おとがいを持ち上げられて緩く触るだけのキスをされ、同時に後ろをひっかくように弄られればまた腰が揺れる。
 薄く目を開けるとぼやけた視界に大塚だけが見える。
 大塚しか、見えない。
「……今日、ホントにえろい。陽介」
 吐息のかかる距離から呟きがこぼれて、お互いのくちびるが軽く擦れる。
「シチュエーションのせい? それともバイブとローション気に入った? ……どっちにしても桂木先生に感謝しなきゃな」
「おまえのせい、に……決まってんだろ」
「ほんと?」
 大塚がくすりと笑い、ささめく音がくちびるを震わせて甘やかに痺れた。
 けれど、一度疼いてしまった身体にキスだけでは物足りなかった。身を乗り出すと、大塚の薄いくちびるが驚いたように開いて、お互いの舌先が触れた。
「おま、舌……あちい」
 たどたどしくそう言ったら、
「おまえが冷たいんだよ」
 笑われた。
「いっぱい息して冷たくなってる。ご──」
 それ以上言わせたくなかったから、また強引にキスをした。
(ごめんじゃねえよ。……俺が始めたんだ)
 少し、意地に近かった。腫れぼったくなった目で睨みつけてからぎゅっとつむって、舌とくちびるが同じくらいの温度になるまで、大塚と啄み合った。
「ようすけ……」
 合間に何度も何度も呼んでくれるのがなぜだか苦しくて、首にしがみついた。応えるように大塚の腕が俺の腰をくるみこんで、そのままベッドに倒れ込む。
(なんで)
 重なりあった皮膚の温度に思わず泣きたくなる。こんなに近くにいるのに、大塚が遠い気がする。いくら寄り添っていても、別々の人間なんだと思い知らされる。俺と大塚は、どうやってもひとつにはならない。俺の想いと大塚の心はひとつにできない。
(前にしたときは、ひとつになった気がしたのに)
 これだけ強く願っても、俺の中にある幾百幾千の想いは大塚に永遠に伝わらない。確かなものはいまこの腕にある熱と肉と骨しかない。
 それならせめてできるだけ近くにいたい、と絶望に近い感覚で思う。他の誰にもできないほど近く、強く、縛られていたい。
 だから、全部許したくなってしまう。いいところもダメなところも、全部。
「は、うっ……」
 しばらく俺の中でひっそりとしていた大塚の指がそっと引き抜かれた。腰にあてがわれていた手のひらも後ろに回される。大塚の両手が俺のケツを割り開いて、狭くてとろけた部分に熱いものを押し当ててきた。
「あ、……っ!」
「自分でできる?」
 言われた意味が理解できるまで、のんびり三つ数えるくらい、時間がかかった。
 了解してはたとまばたくと、大塚の瞳がじっとこちらを見つめあげていた。
「むり?」
 小首を傾げるみたいな仕草で微かに大塚がみじろぎし、僅かに腰を浮かせた。
「っあ……つ」
 大塚の太いものが、ほんの少しだけ俺のケツに食い込む。けれど、それ以上進んでこない。そのうちに、俺の中から生ぬるいものが腿を伝って流れていく。
(きもちわりぃ……)
 ローションだか大塚のだかよくわからないものが、とろとろと、汗に混じって落ちていく。
「どうする?」
「ひで……っ、え」
 大塚の両脇についた膝ががくがく震えて、また目から水が出た。だけど、大塚は容赦なかった。
「じゃあ、和臣がすきって言ったら俺が下から挿れてやる」
「な、……おま……っ、ホント、マジ、サイテー……」
「うん。なんか今日、苛めたくなってしょうがない。陽介えろいし」
「いみ、わっかんね……つか、俺のせーに……すんなっつのっ、へんたい……!」
「うん」
「否定しろよバカ……」
「なんで? あちこちで誰彼かまわずやったら犯罪だけど、俺、陽介専用の変態だし。……で、どうする? どっちがいい? 俺はどっちでもいい」
「バカ……へんたい」
「バカで変態な俺、すきだろ」
 大塚が、食い入るように俺を見ている。
「すきだろ」
 深くて沁みるような声が、心なしか掠れている。
「バカ……」
 大きく息を吸って目をつむったら、またぼろりと目蓋が水滴を弾いた。ぐっと大塚のものに自分を押しつけると、こじ開けられる痛みで腿に筋が浮く。
「……はっ、あ、っぁ」
 俺の割れ目と、大塚の先端、どちらもぬるぬるしていてうまく挿らない。
「んだよ……も……うまくはいんね……っ、あ」
 肉が擦れ合うだけで悲鳴を上げそうになる。空気を食んで堪えていると、こめかみがずきずき痛くなってきた。
「……ここだよ」
 ぐっと、もう一度大塚から強く引き寄せられた。
「あ──あ、あ、バカ、挿れんな……っ」
「なんで。挿れたいの、挿れたくないの? どっち」
「俺が……挿れンだよ、……っ!」
「……っ、ようすけ」
 空いた手で後ろから大塚のものを掴むと、ぎくりと腰が跳ねた。
(あ、これ。いけそ……っ)
 そのままゆっくり腰を落とすと、みしみしと太いものが分け入ってくる。大きく、息を吐いた。
「あ、ああ……っ!」
 顎が上がって、背中が弓なりに仰け反った。仰け反りながら、必死に指で大塚が俺に埋もれていくのを確かめた。
(あ……挿ってく)
 自分の体重でずぶずぶと沈み込んでいく。腰が落ちていくごとに、背骨が疼きを持って熱くなる。半ばまで呑み込んだところで大塚の胸に手をつくと、なめらかな胸が強く波打っているのがわかって下肢がじんとした。無理やり目をこじ開けると、大塚が水分の多い目で俺をじっと見ていた。
「おおつか……」
「なに」
「あんま、見んな……あ、っふ……あ!」
 ぐちゅり、と最奥に行き当たった。ほっとしたのと、苦しいのと、熱いのがないまぜになって、また涙になる。もう、なんでもかんでも全部涙になっている気がする。
「なんで泣いてんの? 痛い?」
 首を振ってあおのいた。
「いちいち……聞くな……っ、あ……も、おま、デカすぎ……」
 すき間なく大塚を呑み込んで、真ん中を熱で串刺しにされている。指先まで痺れていて、もう、頭まで血が巡らない。
「たまんね……も、いっぱい……」
「……なにそれ」
 大塚がため息みたいな息を吐き出すと、甘い震えになって骨まで響く。前がまた、痛いほど張り詰めた。動いてもないのにいくらでも濡れてしまいそうな気がしたけれど、恐る恐る、小刻みに腰を回してみた。
「ああ……っあ、あ……っ」
 いいところに当たるたび、勝手に背が反り返って跳ねる。
「きもち、い……」
 朦朧と呟くと、大塚の嵩がぐんと増した。なにそれ、ともう一度言うのが遠くから聞こえた。
「う、っん、あ、あ、やだ、さわんな……!」
 大塚の長い指が俺の胸を両方いっぺんにきつく摘んだ。つきんとした痛みから思ってもみないほど膨大な熱量が弾け、驚いて首を振ったけれどやめてもらえない。おまけに逃れようと身体をよじると腰まで動いて、大塚の硬さに突き当たって淫らな動きになってしまう。内側がはしたなくうねって大塚を甘くしゃぶる。本当はもっとゆっくり熱に浸かっていたいのに、どんどんと自分を追い詰めるように身体が動くのを止められない。
「そこがすきなんだ……? 覚えとく」
「……っ、は、あ……あっ」
 堪えきれなくなって、俺は自分の屹立に触れた。熱が凝って固く張り詰めて、すごく苦しい。
「ど、すんだよこれ……も、また、出る……っ」
「それ、自分でする?」
「バカ、ちが……っあ!」
 俺の手のひらの上から、大塚の指が包み込むように覆い被さってぎゅうっと掴んだ。
「なにす……」
「じゃあ我慢して」
「──は……? え?」
「俺がイくまで待って」
「うそ、なに言っ……あ、あっあ!」
 弱い場所を狙い澄まし、抉るように大塚が激しく腰を使ってねじ込んできた。霧吹きで吹いたような細かい汗がどっと全身に吹き出して、肌を覆った。
「手……はな、せ……っ、それマジで……しぬ、……っ」
 破裂する。爆発して死ぬ。半ば本気でそう思った。苦しい。でも──やめたくない。頭がおかしいと思う。でも、やめたくない。苦しいのに気持ちいい。
「なんで」
 荒い息の下から、ぽつんと独りごちる声がした。
「なんで、陽介は俺に全部、くれるんだろ……」
 されるがままに揺さぶられながら、朦朧と、真下にいる男を見た。
「なんで俺に死ねって、ゆわないんだろ……自分が死ぬとか、なにそれ。わかんない」
 いつもの低くて心地いい声なのに少し掠れて、おまけに舌っ足らずで、くすぐったいかんじがした。なに言ってんだよ、と言おうとしたけれど声が出ない。こんな穏やかそうに呟いているくせに、突き上げてくる動きは容赦なくて、出てくるのは途切れ途切れの呼気ばかりだった。
「でも俺たぶん、いまダメだ、陽介が絶交するって叫んでもやめてやれない」
「あ──ア、あぁ、あ!」
 いきなり大塚が俺を乗せたままベッドから跳ね起きた。
(どんな腹筋だよ、このスポーツマン……っ!)
 角度が変わって驚いて、俺は思わず大塚の首にしがみついた。
 すると、同じタイミングで大塚の腕が俺の背中に回り、両手できつく抱きしめてくる。
「ふ、あ……っ」
 違う角度で強く抉られて、握りしめた屹立から堪えきれない透明なものがこぼれて俺と大塚の指をじゅくじゅくと濡らした。半端な射精感が押し寄せてきて、膝の裏にびっしりと汗が噴き出し、それでもなお吐き出しきれない熱で眩む。
「くそ……なにこれ、こんな気持ちいいって、冗談」
 それはこっちの科白だ、と言い返したいけれど、もう、それどころではなかった。
(イキたい)
 もう、それしか考えられない。だけど、大塚の指は俺に強く絡んだまま、根元をしっかり押さえ込んでいる。
「和臣……っ」
 大塚をもっと引き寄せたくて、でも身体は終わりたくて、はしたなく両足を広げて絡めた。
「かずおみ、ダメ……も、でる……出す……っ」
「まだ……もうちょっと」
「無理、だって……もお……やだ、イキた、い……っ!」
「陽介……」
「なんでだよ……すきだっつうの、なんで」
 ぽろりとひと言、喉元で詰まっていた言葉が転がり出た。
「そんなん、わかってんのに……なんで、言わす……っあ、う!」
 俺の肩口に、大塚が思い切り噛みついた。
「痛……っ、いた……痛い、和臣、いたい……! 痕、つく……バカ」
「ひどいの陽介の方だろ……なんでいま? イキたいからすきとか言うわけ? そんなのひどい」
「るせ……も、じゃ、いわな……」
「言えよ、山ほど」
 耳許から俺に流れ込んできた低い声に、背骨がぞくりと震えた。
「やんなるほど言って。ウソでもいいから。どしゃ降りみたいに言え」
 そう言って、きつく耳朶を噛まれた。千切られそう。なのにそれすらもう、気持ちよかった。快感が濃すぎて、身体の神経がぐちゃぐちゃになっている。
(すきに決まってるのに)
 どうして証拠を欲しがるんだろう。
「言って、……おねがい」
 今度は子供みたいにねだる声がした。低くて甘くて、とろけるような音で。
(そんなんでいいのかよ)
 俺がなにをしたってひとつも敵わない大塚が、くだらない俺のひと言を欲しがっている。
(くだらねえだろ……バカ)
 口で言うだけなら、誰でも言える。
(順番、逆だろ。キライだったらやらねーだろ?)
 でもそれくらい、欲しいというならいくらでもくれてやる。
 大塚になら全部。
「すき……」
 言いながら、思ったより頭がくらくらした。確かにこんなひどい告白、したことがない。最低だ。セックスしながら熱にまみれて盛り上がって言う好きなんて、いったいどれくらいの価値があるっていうんだろう。
「すき……すげえ、すき……っ」
 でも、言うほど大塚の震えが沁みてくる。大きくなる。
 だから、何度でも言ってやりたくなった。
「すき」
「陽介……」
「す、きだって……うそじゃな……あっ、ああ、あ、あ!」
 大塚が前のめりになって突き入れてきて、俺は振り落とされないよう背中に爪を立てた。腿の内側で痙攣が激しくなってきて、うんざりするほど甘い快感に神経の束が全部焼き切れそうだった。
「和臣……っ、和臣、……っあ、んん、っう、も、ダメ、ホント、……はやく、だして」
「……中で出していい?」
 いい、と言ったか、やめろ、と言ったか定かではなかったけれど、たぶん、どっちにしろ手遅れだった。
 大塚がいきなり脈打って膨れあがった。ぶわ、と俺の中で沸騰したような熱が弾けて、俺は注ぎ込まれる未知の感覚に死ぬほどビックリして、声も上げられずに果てた。