「じゃあ、後はよろしく。おやすみなさい」
笑んで、和臣は居間から出て行った。
足音が遠のき扉が閉まる音のあと、菜々子が心細そうな顔でこちらを見て「おとうさん」と呼んだ。
「あのね。おにいちゃん、いまから寝るんだって。おにいちゃん、びょうきなの?」
泣きそうな顔をして言う。遼太郎はそっと頭を撫でてやった。
「そうじゃない。……ただの寝不足だ」
「じゃあ、寝ればなおるよね?」
菜々子のほっとした笑顔に、胸がちくりと痛んだ。嘘は言っていない。けれども、まさか本当のことは言えない。
自分の娘に、家族に、世間に、堂々と言えないことをした。それを、内心で冷や汗をかきつつ隠している。
警察官である自分が。責任ある、いい年をした大人が。
(だいたい、なんであんなことになったんだ……畜生)
あんなことをしておきながら「実はとても酔っていたので、なにがどうしてそうなったのか細かいことはよく覚えていない」なんて、そんなこと、本人にすら言えない。
(……泣いてたな)
声を押し殺してしがみつく和臣に、一瞬嗜虐的な気分になったことは覚えている。気づいたときはこみ上げる熱と愉絶が体中暴れていて、最後はもう止まるに止まれなかった。もっと泣かせたかった。欲望のままに振る舞っているのに、まるでこの世にふたりきりになったみたいに必死で泣いてしがみつく彼が──いとおしかった。
(どうかしてる)
酔いで頭がどうにかなっていたのだ。
だが、いまさら言い訳や後悔をしても遅い。
「あっ、おとうさん。パン焼けたよ」
菜々子が皿を持ってトースターに駆け寄る。菜々子を見ているのが後ろめたくて、遼太郎は目の前に置かれた椀に目を落とした。
少しためらってから、味噌汁をひとくち啜ってみた。温かく穏やかな貝の味は、彼の言ったとおり、冷えて空っぽの体によく沁みた。