晒け出されたシキの肌に余すところなく手のひらで触れておいて、それでも足りず、アキラは夢中になって舌をはわせた。
密やかなシキの反応は、その都度、行き場のない安堵と苛立ちを交互にかき立てる。突き動かされるようにして、アキラは目の前の体に触れることへ没頭した。
シキの体はどこも滑らかで、意外とほっそりしていた。きっちりと弾力のある筋肉が肉と骨を丁寧に覆っていて、細い体を貧相に見せない手助けをしている。だが、余分なものがなにひとつない体は、ともすると華奢に見えるほどだった。有無を言わせず自分を引きずった腕も、乱暴に踏みつけた脚も、こんなに頼りない形をしていたのかと思い、ふいにまた腹立たしくなる。
舌先が腹までたどり着くと、アキラは乱暴にベルトを取り払った。ズボンが邪魔だった。戸惑いのない自分に少し驚く。そんな気持ちになったのは生まれて初めてで、奇妙な昂奮に喉が渇いた。こくりと自分の喉が鳴ったのを合図に、アキラはシキのズボンを引きずり下ろした。
一気にくつろげて、中心を、外気に暴いた。
どこもかしこも──シキ自身をこんな間近にしっかりと見るのも、初めてのことだった。まじまじと見つめてしまってから、これが自分に突き立てられていたという事実を思い出して、今さらひるみそうになる。
力でねじ伏せられて、何度も力ずくで犯された。そのたびに同じ質量の喘ぎと涙を止めどなくこぼした。
最初に思い出すのは痛み、屈辱、下肢に集まってくる耐え難い熱と、ちろちろと顔を覗かせる微量の快感。ただの痛みなら、堪えれば済む。だが、痛みの渦の中で生理的にわき起こる快感が一番耐え難かった──それを、思い出した。
もう一度、喉が鳴った。
(……やれるものなら──怒って、払いのけて、力ずくで引き倒して、もう一度、俺を屈服させてみればいい)
アキラはすでにやんわりと勃ちあがるシキの中心へ、触れた。
頭の上から吐息が漏れ、小刻みにシキの体が震えるのがわかった。
なんだか本当に腹が立つ。
シキが身じろぎするたびに、自分の中身が馬鹿みたいに波立つのがわかる。そんな自分に対しても苛立つのを止められない。
「シキ」
何か言えと、喉元まで出かかる。だが、シキは何か言うどころか、アキラのことさえ見ていなかった。ぼうっとどこか定まらない視線で、あらぬ方を見つめている。
息を、乱すくせに。
しばらく逡巡してから、アキラは先端に軽く口づけた。
最初のうちは、ただ唇を押しつけては離すことしかできなかったが、ふと、それを口の中に入れたくなった。ふるりとした感触と生暖かい温度のそれを、おそるおそる口に含む。むっとした匂いが鼻をついた。頬ばっているうちに、以前、無理に口へねじ込まれたことを思い出し、その記憶と、今、目の前の生々しい質量にむせかえりそうになる。
(どう、すれば……)
相手の深い快感を掘り起こすにはどうしたらいいのだろうと、ぐらぐらする頭を叱咤する。優しい気持ちではなく、背骨に食い込むようなきつい衝動は嗜虐心に近かった。
くびれに唇を引っかけるようにして、アキラは何度も上下に擦ることを繰り返した。空いた手のひらで袋の中身を擦り合わせるように転がすと、あからさまに濡れた吐息が上がり、舌先へぬるい苦さが滲んでくる。
口の中のものが、またひとまわり大きくなった。
「…………っ」
シキが、感じている。
シキが、自分の与える感覚に反応している。
とたん、体のど真ん中に圧力のような熱が落ちて、下肢がずしりと重くなり、奥へしまわれた自分のものが張りつめた。ジーンズの布地を突き上げられてきつい。堪えきれなくなって、アキラは震える手で自分のベルトを外し、ジッパーを引き下ろし、脚にまとわりつく布地を邪険に蹴り飛ばした。
信じられない思いで自分を見つめる、もう一人の自分がいた。こんな自分は見たことがない。急いた衝動を堪えきれない。次から次へと、溢れる情動と熱が体の中で暴れていた。
こんな温度を、知らない。
乱暴に扱き上げたい衝動に駆られ、自分とシキのそれとをまとめてこすり合わせた。
「あぁ!! あ……っ、……っ!」
恐ろしいほどの快感が一直線に体を貫いて──アキラは一気に、あっけなく達してしまった。
ぬるつく手を見つめ、荒い息の下、しばらく呆然とする。
(だけど、シキは、まだ……)
シキのものは、まだ大きくその屹立を保っていた。
これを、他の誰でもない自分の手で自由にして、思うさま喘がせたい──。
自分の思考が奇妙にねじくれてゆくのを感じ、ただ愕然とする。だが、一度ついた勢いは止まらなかった。
アキラは自らのすぼまりに濡れた指をあてがい、こじ開けた。
「……く」
後ろを自分でくつろげる──しかも、シキの目の前で。
シキが見ている。そう思うと、一度は落ち着いた体の疼きがまたぶり返す。
しかし要領を得ない行為は、次第に生理的な気分の悪さばかりをかき立てる。気づけば、額にふつりと汗の玉が浮かんでいた。
どうしていただろう。シキは。何をどうされて、どこを突き上げられて、擦られて、自分は呻いていただろう。
(ダメだ……)
こんなことなら、痛い方がいい。
ふと、そう思った。
すとんと腑に落ちた。
そうだ、苦痛を和らげるようなほどこしなんて、一度だってされたことはない。
躊躇ったのはほんの一瞬だった。
アキラはシキの怒張に自らをあてがって、腰を落とした。
「は、あ、ぁああ……っ! う、……く」
体重を少しずつかけていくと、めりめりとシキ自身がアキラの中へと侵入してくる。頭で考えているよりもずっと膨大な質量に、悲鳴じみた声が止めどなく押し出された。
「い……ッ、う……っ」
引き裂かれた痛みが一点に凝って、熱を生む。あまりの痛みに体をまっすぐにしておけなくなって、アキラはシキの背後にあるソファの縁へ額を押しつけた。
お互いの体がこすれ、はずみで臍の近くにじくりとした痛みを感じた。
ピアスだ。
(「痛みで感じるのか」)
心臓を直に殴られたみたいな、強烈な鼓動が突き上げた。とたん、シキがアキラをさらに圧迫する。
──いや、違った。アキラの内壁が狭まって、シキを締め上げていた。
痛みが、圧力が、一気に痺れて甘くなり、体中に散った。
「シキ……シキ……っ、あ」
シキが、見ている。
焦点の定まらない瞳で、それでもじっと、静かにアキラの痴態を見つめている。
ときおり、長い睫が震えた。
酷く、興奮した。
動いているのは確かに自分だ。目の前の男は指一本動かさず、与えられる衝撃に揺さぶられて、生理的な衝動に息を詰め、ときおり震えるだけ。
だが、この場を支配しているのは。
小さな震えひとつで、息づかいだけで。
奪われているのはどちらだろう。追い立てられているのは。捉えられているのは。
アキラは自ら腰を浮かせ、沈め、胸の尖りをつまみ、自らのものをしごきながら、甘い息をかみ殺した。
シキが、見ている──本当にただ、それだけのことだった。
:::
腰の裏側と節々に、じんわりと気怠さが残っていた。
何度達ったかは、忘れた。そんなもの、わざわざ数えたりしていない。
最後までシキは動かなかった。そして揺さぶられるままに、果てた。アキラの痴態を揶揄することもしなければ、だまし討ちみたいにいきなり下から突き上げることもしなかった。
そう思ってから、自分が期待していたものを初めて知って、アキラは再び愕然とした。大体シキに報復するつもりならば、自分が屹立をねじ込んで蹂躙してもよかったはずだ。なにしろ、この男は指一本たりとも動かさないのだから。
(……何を、考えてる。俺は)
どっと情けない気持ちが押し寄せてくる。動かない相手へ、乱暴したことに変わりはなかった。
けれども同時に、たった数時間前の惨劇を思い出し、おかしいとも思う。
何をされても動かなかったシキは、危害を加えられて、いともたやすく三人の男を斬って捨てたばかりだ。
けれども、シキは行為のさなか、乱暴に暴き立てようとするアキラの手のひらを払いのけることもしなければ、床に転がった日本刀を掴むこともなかった。
害意がわかるなら、どうして自分を好きにさせておくのか。シキを嬲る行為に、貶めてやりたいという気持ちがゼロだったとはとても言えない。それがわからないシキではないはずだ。
(さっきは……命が危険だと感じたから?)
命は奪われなくとも、体を辱められる行為はそれ以上の屈辱だ。シキほどのプライドの高さで、ただ甘んじていられるとはとても思えない。
わからない──シキが、どうしても。
「あんた、どうして……」
思わず声に出して呟いていた。
「答えろよ、なあ、どうして……!」
わずかにこくりと左に傾けられた首筋、さらけ出された右の肩口にアキラは自分の額をこすりつけた。
ほんの少し汗ばみ、ひんやりとした皮膚へ、自分の熱が次第に移ってゆく。
……知っている。本当は少しなら、わかっている。
あのときトシマで、心は、全部持って行かれた。nだ。全てを賭した男の終焉に巻き込まれ、燃え尽きる憎悪と命とを引き替えに、あの男は静かにシキの心をもいでいった。あの瞬間、シキの中で何かが壊れた。
それでも、シキの精神はそのまますぐには瓦解しなかった。
長いトンネルの中、自分の手を引き、日興連まで導いて──それで。
おまえは俺のものだと言った。
ここを抜けたら好きなところへ行けと、そう言った。
二律背反の宣告をし、そして日興連にたどり着いた瞬間、この男の心は忽然と動くことをやめた。そう──冷静に順を追って考えるなら、自ら停止したのだとしか、思われなかった。
なのに、この男はわずかな身じろぎだけで、今も自分を圧倒的な強さで支配する。
(「おまえは俺のものだ」)
なぜ、未だ捉えられているのだろう。
(「好きなところへ行け」)
結局はシキの隣にいる。この男の側から離れられない。心はとうに壊れ、自分のことなど見ようともしない男から。
(「なぜ、逃げ出さなかった」)
知らない。
シキの隣にいると、自分が少しもまともでいられない。
わけもなく揺さぶられる。体も心も。
いきなり泣きたくなったり、苛立ちを覚えたり、胸が締めつけられたり。
なのにあやふやで、曖昧で、なにひとつ理由がない。
──そんな気持ちにつける名前を、ひとつだけ知っている。
「シキ……」
焦点の合わない赤い瞳を間近にのぞき込み、先ほど乱暴にしたのと同じ手のひらで、乱れた髪を優しくすいてやる。
知っている。
この気持ちのありかがどこなのか、うすうす気づいている。
けれども、絶対に口にしない。言う必要がない。
だからこの男も黙って、自分の目の前に体だけを置いていったのだ。
(「好きなところへ行け」)
あのとき、暗くて顔は見えなかった。けれども、きっと笑っていたはずだ。
陳腐な結末を知っていて、歯ぎしりするだろう自分を見透かして。
自分の欲のためになにもかも、心も、人生も、運命も全てかなぐり捨てる強さ──そんな強さしか持たない男が、最後に、自分にだけ与えた。
言葉など、必要ない。
心はもう、全部持って行かれてしまった。
だからこの世にたったひとつ、自らの止まることのない心臓を、くれた。
「あんたのことは……本当に、大嫌いだ」
そう言ってアキラはシキの手のひらを両手で固く握りしめ、傅くような仕草で、男の胸へとうやうやしくキスを落とした。
それはいびつに歪んだ、この世にひとつだけの──。